中高年の山歩き 宝篋山弁慶平(前編)

冬のいちばん寒い時期は、筑波山の頂上はアイスバーンになる。以前、男体山直下の登山道で見事に転倒し、スネにはいまだに黒く痕が残っている。

標高800mでアイスバーンでも、標高300mなら霜柱くらいである。転ぶことはあるかもしれないが、岩の上で強打するようなことはなさそうだ。ということで、この時期は宝篋山・小町山周辺を歩くことが多い。

昨年のこの時期に歩いた時、たまたま会ったおじさんが弁慶平から登ったと言っていた。どこのことなのかよく分からなかったが、調べてみると宝篋山アンテナ群の取付道路から山道に入るらしい。

ということで、今回は弁慶平を目指して歩いてみることにした。このあたりは1時間も歩くと林道もしくはサーキット道路(!)に行き当たるので道迷いはあまり心配しなくてもいい。ただし、採石場の崖があるので、むやみに薮を突き進むのは危険である。

2024年1月31日水曜日。この日は3月下旬並みの気温という予報であったが、朝は息が白く曇るほど寒い。それでも、小町の館には霜は下りていないし、もちろんアイスバーンもない。温暖化も悪いことばかりではないと思ってしまう。

家を出たのは5時40分頃だが、7時前には小町の館に着いた。筑波山系であっても、いちばん南の宝篋山近辺と、北の加波山・雨引山ではかなり違う。もちろん高速は使っていない。駐車場に着いたのは3番目だった。

身支度を済ませ、いつもの登山口から山の神にご挨拶して入山。この日はまず東城寺まで行って、国有林内の作業道を進む。小町山ボランティアの地図に弁慶平は載っていないが、なぜかGoogleに所在地が示されている。

東城寺までいくつかの尾根や谷を越える。ときどき里に下りる道が分かれるのと、そもそも登山道がまったく地図にないので分かりづらいが、迷ったとしても1時間あれば出てこられる山域である。多くは緩いアップダウンのトラバース道である。

この道は、宝篋山方面から下ったことはあるが、小町の館から登るのは初めてである。行先案内を確認しながらゆっくり歩き、1時間ほどで東城寺の大きな本堂が見えてきた。

東城寺は平安時代に天台宗寺院として開基、鎌倉時代に小田氏の庇護を受け、真言宗に改めて今日に至る。小田氏は、宝篋山をはさんで西にある小田城を本拠とした御家人である。

本堂を越える坂の前に宝篋山方面の案内表示があり、山道に入る。この道は途中から林道と合流して、採石地の横を通る。弁慶平へは、宝篋山への道と分かれて北の沢を遡上する。

さらに分岐して鬼越山に至る道と弁慶平に向かう道に分かれるが、ともに国有林の作業道で、踏み跡ははっきりしているものの行先表示はない。さらに、作業道はいろいろな方向に通っているため、迷わないよう注意する必要がある。

だから、Googleの表示はたいへんありがたかった。1度違う尾根を登ってしまったが、スマホを見ながら修正して正しい尾根までトラバースする。

(この項続く)

p.s. 「中高年の山歩き」バックナンバーはこちら

朝7時に小町の館到着。まだ息が白いほど寒いが、この日は春のような暖かい日になるという予報。
小町山登山口から東城寺方向に進むが、この地域は掲示が少ない。おそらく、国有林事務所からいろいろ言われているのだろう。
東城寺まで1時間山道を歩く。ここから宝篋山に登ることも可能である。
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