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鯨肉のから揚げケチャップソース

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誕生日が過ぎて、70歳まで残り1年。まだまだ若いつもりでいるけれど、残り時間は確実に少なくなってきている。 周囲の人達をみていると、あと10年くらいいまのまま大丈夫ではなかろうかと思っている。10年前はリタイアした年だから、それくらいは期待してバチは当たらないだろう。 とはいえ、あと20年すると90。いくらなんでも無事にはいられない。20年前というと盛んにカシノに出かけていた頃で、過去未来ひっくり返すとその頃この世にいない可能性が大きいのであった。悲しいとか空しいではなく、そんなものかというのが正直な気持ちである。 20年前には、すでにこのブログを開設していた。いまは連載していないが、ボクシングやNFL予想、日本史の記事も毎週書いた。「飲む話食べる話」と題して、酒や料理をテーマにしたシリーズもあった。当時は活動範囲も広く、書くことがいくらでもあった。 以下は2006年11月の記事。20年前になる。 ----------------------------------------- 日曜日の昨日、久しぶりにお気に入りの魚屋に行ってみた。木枯らしが吹く季節になったので、刺身というにはちょっと寒い。生きのいいいわしが出ていたら、紫蘇と梅肉をはさみ揚げにしたらおいしいだろうと思ったのだが、お目当てのいわしの他に鯨が安く出ていた。 加熱用と書いてあるが250円である。これまで鯨料理は作ったことがないが、この量と値段なら失敗しても目をつぶって食べてしまえそうだ。という訳で、昨晩の酒のつまみは鯨肉のから揚げケチャップソースあえに挑戦してみることにした。 子供の頃給食でいやというほど食べた料理であるが、あれから40年。舌が味を覚えているかどうか不安である。まだ鯨ベーコンの方が就職したての頃有楽町のガード下で食べたことがあったし、鯨が部分解禁になってさっそく買って食べてみたくらいでなじみ深いが、ケチャップソースとなると子供の料理である。ネットで調べてみても作り方など載っていない。仕方なく、自己流で作ることにした。 鯨肉は一口大に切って、下味をつける。給食で食べた鯨は脂身の部分が多くてぷりぷりしていた記憶があるが、おそらくそうした鯨は獲ってはいけない種類なのだろう。買った鯨肉は赤身だけで脂身がない。 下味はしょうがと長ネギ、しょうゆ。にんにくを入れると鯨の味に勝ってしま...

里山学校が使えず小町の里から朝日峠越え

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なんと朝日里山学校がイベントで駐車不可。予定変更で小町の里から朝日峠を越えて石岡トレランコースを歩いてきました。 前回はスマホが電池切れで現在地が分からなくなり、今回は里山学校が使えず。どうもこのルートは私と相性がよくないみたいです。 山行の詳細記事は4月30日から木曜日 ブログ に掲載予定。 この日の行程 小町の里駐車場(40) 6:50 7:40 朝日峠展望公園(301)  7:50 8:55 辻集落(30) 8:55 10:05 中山集落(155) 10:05 10:35 中山開拓地(241)  10:35 11:05 不動峠(300) 11:25(昼食) 12:25 小町山(325) 12:25 13:15 小町の里(40) [推定距離 20.1km] p.s.「中高年の山歩き」バックナンバーは こちら 。 ↓どれかクリックしていただければうれしいですが、ブログ村は最近広告ばっかりなので、データ無制限でない方はご注意ください。      

習慣を見直す

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誕生日まで1ヶ月を切った。この時期になると、不思議と(不思議ではないのだろうが)これまでの人生、これからの人生についていろいろ考える。 20年前は、カシノとポーカー、海外旅行に夢中だった。その頃、NFLをTV観戦するのが日課だった。いまは、NFLを中継するBSもなくなって、スーパーボウルさえ見なくなった。月日の経つのは早いもの。こうやって毎日を過ごす間に、お迎えが来るのかもしれない。 日々の生活についても、昨日今日ではそれほど変わった気はしないが、10年20年のレンジでみると、しなくなったこと新たに始めたことはいくつかある。こうやって時代は移り、いつしか20世紀は遠い過去になるのかもしれない。 以下は2019年2月の記事。リタイア後に書いた原稿で、新聞やWOWOWを解約したのはそれほど前のことに感じないが、ずいぶん昔のことになった。  ----------------------------------------------------------------- 新聞をとるのをやめて、つい最近はWOWOWを解約した。年金生活に入り、こうして長く続けた習慣を見直すことが多くなっている。 年金生活に限らず、収入の範囲内で暮らさなければ生活が破綻する。リタイアして収入が激減し、支出を切り詰める必要が出てきたのは気が重いけれども、不老不死ではないのだからいずれはリタイアしなければならない。心身がまずまず健康で頭が働くうちにそうできるのは、考えようによっては幸いなことである。 最近どこかで読んだことだが、 長く続けたことをやめるのに抵抗感が強いのは、脳の働きだそうである。 脳が単に費用対効果をシミュレーションするだけであれば、長く続けたかどうかはそれほど優先順位の高いことではなさそうだ。にもかかわらず抵抗感があるのは、そう考えることが脳にとって有利だからである。 「脳」にとって有利という意味は二つある。ひとつは「体」にとって有利なので「脳」にとっても同様に有利ということで、例えば寒ければ暖房をつけるとか厚着をして暖かくするという反応である。これは、人類の(あるいは生物の)進化の中で培われてきたもので、そういうシミュレーションができなければ、生き残ることが難しかっただろう。 こういう種類の脳の抵抗にしたがわないことは、好まし...

月折山に行ってきました

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筑波山系月折山に行ってきました。ここは三角点「月折」ですが、残念ながら笹薮の中を右往左往して結局見つけることができませんでした。周辺は石岡トレラン大会のコースなのですが、こちらも道間違いで正しいコースを進めませんでした。 山行の詳細記事は4月9日から木曜日 ブログ に掲載予定。 この日の行程 里山学校駐車場(30) 7:45 8:55 竜神(160)  8:55 9:40 上青柳集落(60) 9:55 10:50 月折山(299) 11:20(昼食) 12:20 上青柳集落(60)  12:25 14:15 里山学校駐車場(30) [推定距離 20.1km] p.s.「中高年の山歩き」バックナンバーは こちら 。 ↓どれかクリックしていただければうれしいですが、ブログ村は最近広告ばっかりなので、データ無制限でない方はご注意ください。      

アマ・タリシヒコと署名していれば聖徳太子ではない

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いま、ホームページをgodowngamblin.netからgodowngamblin.comに移す作業に掛かっている。 .netのドメインを契約しているお名前.comがけしからん勧誘メールを たびたび送ってくるからである。6月の更改時に、解約しようと思っている。 他にすることがない年金生活者だから時間は余るほどあるが、数千の記事、数万の画像を旧サイトから新サイトに移すのは大変である。作業に加えて、自分が昔書いた記事を読んでしまうものだから、余計に時間がかかる。書いたことを忘れているのである。 以下は「常識で考える日本古代史」シリーズに掲載した、隋書の記事。聖徳太子が隋に国書を送ったことは教科書に載っているが、太子が「アマ・タラシヒコ」ないし似た名前を名乗ったことはない。どう考えても別人物なのだが、日本の学会はそれでいいとしている。 もうすぐ70歳だから、こうしたいい加減な歴史教育が改まることは私の生きている間ないだろう。残念なことである。おそらく多くの人にとって、真実とは誰かが大声で主張したことなのだ。 以下は2008年9月だから、もう18年前の記事になる。 ----------------------------------------------------------------- この点について、井沢元彦氏は著書「逆説の日本史」において、以下の主旨で説明している。 いまでもそうだが、古代において貴人の実名を口にすることはできなかった。そのため、使者は隋の役人に王の名前を聞かれて、「われわれはアマノタリシヒコとお呼びしています。あるいは、オオキミと呼びます」と答えた。それを聞いた隋の役人が姓名をアマ・タリシヒコ、王を指す言葉をオオキミと記録したのであろう。 確かに、古代の中国文化圏において、皇帝の実名を呼ぶことが不敬とされたことは事実である。例えば、日本でも広く信仰されている「観音さま」の本当の名前は「観世音菩薩」である。この「世」がなぜ消えたのかというと、唐の二代皇帝の実名が「李世民」であったため、ちょうど日本に仏教が広まるころ「世」の字が使えなかったからなのである。 しかし、使者が実名を呼ぶことが不敬だから、倭国王の名前が不明であるという説明はおかしい。使者が口頭で説明をするだけならば成り立つかもしれ...