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出張のひそかな楽しみ・皆既日食

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近年は財政的に厳しく、泊りがけでどこかに行くのが難しくなった。以前は国内・海外いろいろ行った。その上、出張の行き帰りに気になる場所を見に行くこともできた。 いまや、諸物価高騰やインバウンドの影響で、ビジネスホテルを出張旅費で泊まるのも難しくなったらしい。その意味では、いい時期にサラリーマンをしていたと言えなくもない。 以下は2009年7月の記事。出張で泊まったビジネスホテルの一人飲みについて書いた。その前の時代には現地担当者と飲み会があったらしいが、私の時代にはなかった。正直なところ、一人の方が気を遣わなくていい。 この年皆既日食があったが、残念なことに九州南部は雨だった。次の皆既日食は2035年。記事を書いた頃は「あと30年ない」だったが、あと9年である。それはそうと、こんなに食ってりゃ太るのも無理ない。 ---------------------------------------- この7~8月にほとんど唯一スケジュールが空いていたのは海の日3連休の前後であったが、 ここにも仕事が入って、夏休みの目処はまだついていない。 22日の日食を、皆既は今からでは難しいけれど(宿どころか船も一杯らしい)、95%欠ける九州南部で見ようと思ったのもつかの間のことであった。 ちなみに、皆既日食は日本ではあと30年ないけれど、金環日食は何年かすると東京でも見られる。太陽と月のみかけの大きさはほぼ同じで、皆既は月がやや大きく、金環は太陽がやや大きい(太陽・地球・月の位置関係による)。だから昼間なのに星が見えるくらいに暗くなるのは皆既日食の方なのであるが、スペクタクルということでは皆既も金環も同じく感動的ではないだろうか。 というわけで、こう出張が続くとストレス解消も大変である。昔は、その土地の名物を肴に一杯というのが定番であったが、歳とともに酒が飲めなくなり、また仕事が終わって出歩く体力もなくなってきた。出張費もぎりぎりしか出なくなって懐の余裕も乏しい。加えて、私はひと付き合いがあまり得意ではない。 ということで最近多くなったのが、食べ物飲み物を買ってきて ホテルで一人「部屋飲み」 というやつである。近くに駅があれば駅弁、スーパーがあれば出来合いのお弁当を買ってくる。最近は、結構安くておかずもいっぱい入っているものが多い。つまみも適当に買う。今夜は2000円以...

リスボアカシノ

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 足しげく香港・マカオに通ったのは50歳になる少し前だから、かれこれ20年前のことになる。当時は返還後それほど年月が経っていなかったので、「一国二制度」でこれからもやっていくんだろうと気楽に考えていた。 ところが、民主化運動が大目に見られたのもわずかの間で、いまや北京に逆らうことは許されない。日本人で捕まったのも麻薬関連だけという建前だが、本当かどうか誰にも分からない。 その意味では、私がたびたび訪れたのはいい時期だったことは間違いない。二十年後のいまはもう難しいし、二十年前は逆に近代化されていなかった。一期一会。後から行ってみたいと思っても、どうにもならない。 以下は2005年6月の記事。ブログ・ホームページを始めた当時、21年前の記事である。もはや、旅行ガイドとしても読めないというか、お薦めできない。 -------------------------------------------------- リスボアカジノはもともとリスボアホテルに併設されているカシノ のはずなのだが、マカオ常連客でここを定宿にする人はあまりいない。とにかく値段が高い(平日でも700HK$を下回ることはほとんどない)上に、部屋もあまり大したことはない。メリットは雨に濡れずにリスボアカジノに行けることと、ホテル内の飲食施設が整っていることだが、リスボア側もホテルのグレードを上げようという気はあまりないようだ。 私が何度か行ってみて非常に気になったのは、午後2時チェックインのはずなのだが、2時過ぎに行って部屋に入れた試しがない、ということである。海外旅行者にとって、荷物を持ったままの移動はあまり快適なものではないし、外が暑いといったん部屋に入ってくつろぎたいのは人情だと思うのだが、「部屋をクリーニングしておりますので、午後4時でないとご用意できません」と必ず言われるのである(もちろん荷物は預ってくれる。ちなみに、4時に行って「あと1時間」と言われたことも1度だけだがある)。 それが、「それまでカシノで散財しておいで」ということなのか、前日泊のお客さんがなぜか(笑)揃ってレイト・チェックアウトなのか、あるいはその両方なのかは知らない。とにかく、ここのホテルにはゆっくりくつろげるロビーがないので、カシノかコーヒーショップか、あるいは私はよく知らないが何らかの方法で部屋でくつ...

奥多摩・天祖山

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少し前に三ノ木戸山にクマが出て登山者が負傷という記事を書いたばかりだが、今週は都民の森・三頭山である。こう立て続けでは、奥多摩はもう無理なのかと思う。 現在の状況は、少し前まで箱罠でせっかく捕まえたクマを山奥に逃がすなどしていた結果なので、一朝一夕では解決しない。少なくとも20~30年。未来永劫、廃道やバリルートには立ち入るなということになるかもしれない。 20年経てば90歳、30年経てば100である。私の奥多摩山行も、今生においては打ち止めということになりそうだ。こうして、取り組んでいたことが次々手じまいに至ると、いよいよ人生も終盤を迎えたと再認識する。 以下は2012年10月、天祖山に登った時の記事。天祖山は、青梅警察署山岳救助隊の金(こん)副隊長の本を読んで登った。奥多摩でもっとも印象深い山のひとつである。すぐ横のタワ尾根や小川谷にクマが出ているので、いまや単独登山は難しい。 ------------------------------------------- 柵の外からみるとまだまだ頑丈に見える神社も、近くで見るとかなり傷みが目立つ。突風とか何かのはずみで本殿の扉が開いてしまうと、あとは大日大神への道をまっしぐらであろう。 「天祖」「大日大神」「国光」といったネーミングから推測すると、天学教会の宗旨は宇宙の原理を理解し人としての正しい生き方を目指していくというものであったろうと思われる。そこに教祖のカリスマ性、神がかり的な能力、庶民のアニミズム的な自然崇拝の風土といった要因がプラスされて、この深山にこれだけの宗教施設を建てることができたのであろう。 その意味では、同じ奥多摩の御岳山も、丹沢大山も似た要素で成長してきたと思われる。いまや観光名所でしかない丹沢・塔の岳も、かつては尊仏岩があり信仰を集めていたという。このように日本人のアニミズムは非常に古く根強いものであったのだが、現世利益的な傾向を強める現代の流れの中、いまや朽ち果てようとしているのだろうか。 話は変わってこの天祖山、ガイドブックにほとんど載っていないなど、人気のない山である。 実際にこの土曜日、私以外に登ったのを確認できたのは3人だけ(1人は抜かれ、2人はすれ違った)。不人気の要因は、登頂に時間がかかること、日帰りの場合、往路を引き返す以外にルートがないこと...

知床遊覧船事故

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知床観光船事故の裁判で、先日一審判決が出た。2022年だから、もう4年前のことになる。 この事故では多くの犠牲者が出て、いまだ行方不明の方もいらっしゃる。荒天で危険だから休航で問題なかったはずだが、少々のカネのために出航させて取り返しのつかない結果となった。休航で入らなかった料金と、1人当たりの賠償額では、2桁どころか3桁違う。 観光船を運航した社長が実刑となるのは当然であるが、忘れてはならないのは、この会社を問題なしとして検査で合格させた面々である。国土交通省とその下請けだから責任は追及されないが、なぜ許認可業務なんですかということである。 つくづく、昔ちゃんと仕事しておいてよかったと思う。以下は2022年5月の記事。 --------------------------------------------- 知床遊覧船事故で、沈没した船には数日前に国の検査があったにもかかわらず、通信手段の不備などを見逃して合格としていたことが問題になっている。 現役時代に、船ではないけれども国の検査の下請けをやっていて、似たようなケースがあったことを思い出した。 検査基準を充たしていないにもかかわらず合格させようとする有形無形の圧力はあるけれど、 それに屈していては検査の意味がない。 私の関わった検査では、施設の設備が基準を充たしておらず、それを見逃しては検査する意味がないので、役所のご担当に「これは認めてはダメですよ」と言って不合格にしてもらった。 基準に達していなくても指摘して合格とするケースももちろんあるが(というか、大部分そうである)、このケースでは必要な壁もなく鍵の掛かるドアもなく、検査に来ることが事前に分かっているのにこれはないだろうという体たらくだった。 場所は九州の先の方で、役所の人は福岡から、私は東京から出張で来ている。関係者もわざわざ県境を越えて大勢来ている。検査をやり直すとなるとまた日程調整してやり直しになるし、指摘するだけでいいだろうという雰囲気も感じたけれど、私は認めなかった。権限は役所にあるけれど、ストップできるのは私だけだったからである。 そういうことをしているから嫌われて、出世できなかったし長く会社にいられなかったという考え方もある。けれどいま思っても、あれを認めていたら自分自身の運気を間違いなく落としてい...

「ひとりでは何もできない」は上前をはねる常套句

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この季節になると、不思議とリタイア前のことを思い出す。退職したのが7月末で今年で満10年になる。働かなくても食べて行けるのは、何よりの事である。 会社というのはくだらない組織だとつくづく思う。仲間内のローカルルールを優先させることも、自分で考えないように仕向けることもそのひとつの表れである。  以下は「一人では何もできないは上前をはねる常套句」と題した2019年3月の記事。7年以上前に書いたけれど、いまでもそう思う。 ---------------------------------------------------------- もう30年以上前のことになる。当時勤めていた会社に、直属の上司ではないものの何年か先輩にあたる人がいて、その人が 電通「鬼十則」のコピーを後輩達に配り、 これこそ社会人としてあるべき姿だと説教したことがある。 まさか30年後に電通が大問題を起こし、「鬼十則」を自ら否定しなければならなくなるとは夢にも思わなかっただろう。平成20年代まで待つこともなく、あんなものはアナクロで体育会的で、頭の中味を疑われるなんてことは、瞬間的に分かる代物である。 (軍隊からの系譜を持つ組織の多くは、ああいう体質を持っている。村上春樹の「羊」で、羊の入った右翼青年が隠匿した資産で保守党の派閥と広告業界を買い取ったというストーリーは、そのあたりの比喩と思われる。) それにしても、自分の会社が電通でないにもかかわらず、そんなことを正気で考えていたとしたら、先見性とか規範精神とか以前に頭が悪いとしか言いようがないのであるが、当時はさすがにそんなことは言えなかった。 「人間は一人では何もできない」というのは、そうした人達が好んで口にする言葉 である。言われた当座はなるほどそうだと思わせる言葉だが、よく考えるとこれは呪いの言葉である。組織に属さない人間は生き延びられないと言っているのと同じだからである。 よく考えてみれば分かることだが、「一人でできることには限りがある」のは確かだけれど、「何もできない」ことにはならない(よく考えなくてもそうだが)。 何人かで分業すれば1人でするよりも多くの成果が得られることは、何百年も前にアダム・スミスはじめ古典経済学が明らかにしている。でもそれは、 協力した方が経済的にみて有利というだけのことだ。 ...