「ひとりでは何もできない」は上前をはねる常套句
この季節になると、不思議とリタイア前のことを思い出す。退職したのが7月末で今年で満10年になる。働かなくても食べて行けるのは、何よりの事である。 会社というのはくだらない組織だとつくづく思う。仲間内のローカルルールを優先させることも、自分で考えないように仕向けることもそのひとつの表れである。 以下は「一人では何もできないは上前をはねる常套句」と題した2019年3月の記事。7年以上前に書いたけれど、いまでもそう思う。 ---------------------------------------------------------- もう30年以上前のことになる。当時勤めていた会社に、直属の上司ではないものの何年か先輩にあたる人がいて、その人が 電通「鬼十則」のコピーを後輩達に配り、 これこそ社会人としてあるべき姿だと説教したことがある。 まさか30年後に電通が大問題を起こし、「鬼十則」を自ら否定しなければならなくなるとは夢にも思わなかっただろう。平成20年代まで待つこともなく、あんなものはアナクロで体育会的で、頭の中味を疑われるなんてことは、瞬間的に分かる代物である。 (軍隊からの系譜を持つ組織の多くは、ああいう体質を持っている。村上春樹の「羊」で、羊の入った右翼青年が隠匿した資産で保守党の派閥と広告業界を買い取ったというストーリーは、そのあたりの比喩と思われる。) それにしても、自分の会社が電通でないにもかかわらず、そんなことを正気で考えていたとしたら、先見性とか規範精神とか以前に頭が悪いとしか言いようがないのであるが、当時はさすがにそんなことは言えなかった。 「人間は一人では何もできない」というのは、そうした人達が好んで口にする言葉 である。言われた当座はなるほどそうだと思わせる言葉だが、よく考えるとこれは呪いの言葉である。組織に属さない人間は生き延びられないと言っているのと同じだからである。 よく考えてみれば分かることだが、「一人でできることには限りがある」のは確かだけれど、「何もできない」ことにはならない(よく考えなくてもそうだが)。 何人かで分業すれば1人でするよりも多くの成果が得られることは、何百年も前にアダム・スミスはじめ古典経済学が明らかにしている。でもそれは、 協力した方が経済的にみて有利というだけのことだ。 ...