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習慣を見直す

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誕生日まで1ヶ月を切った。この時期になると、不思議と(不思議ではないのだろうが)これまでの人生、これからの人生についていろいろ考える。 20年前は、カシノとポーカー、海外旅行に夢中だった。その頃、NFLをTV観戦するのが日課だった。いまは、NFLを中継するBSもなくなって、スーパーボウルさえ見なくなった。月日の経つのは早いもの。こうやって毎日を過ごす間に、お迎えが来るのかもしれない。 日々の生活についても、昨日今日ではそれほど変わった気はしないが、10年20年のレンジでみると、しなくなったこと新たに始めたことはいくつかある。こうやって時代は移り、いつしか20世紀は遠い過去になるのかもしれない。 以下は2019年2月の記事。リタイア後に書いた原稿で、新聞やWOWOWを解約したのはそれほど前のことに感じないが、ずいぶん昔のことになった。  ----------------------------------------------------------------- 新聞をとるのをやめて、つい最近はWOWOWを解約した。年金生活に入り、こうして長く続けた習慣を見直すことが多くなっている。 年金生活に限らず、収入の範囲内で暮らさなければ生活が破綻する。リタイアして収入が激減し、支出を切り詰める必要が出てきたのは気が重いけれども、不老不死ではないのだからいずれはリタイアしなければならない。心身がまずまず健康で頭が働くうちにそうできるのは、考えようによっては幸いなことである。 最近どこかで読んだことだが、 長く続けたことをやめるのに抵抗感が強いのは、脳の働きだそうである。 脳が単に費用対効果をシミュレーションするだけであれば、長く続けたかどうかはそれほど優先順位の高いことではなさそうだ。にもかかわらず抵抗感があるのは、そう考えることが脳にとって有利だからである。 「脳」にとって有利という意味は二つある。ひとつは「体」にとって有利なので「脳」にとっても同様に有利ということで、例えば寒ければ暖房をつけるとか厚着をして暖かくするという反応である。これは、人類の(あるいは生物の)進化の中で培われてきたもので、そういうシミュレーションができなければ、生き残ることが難しかっただろう。 こういう種類の脳の抵抗にしたがわないことは、好まし...

月折山に行ってきました

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筑波山系月折山に行ってきました。ここは三角点「月折」ですが、残念ながら笹薮の中を右往左往して結局見つけることができませんでした。周辺は石岡トレラン大会のコースなのですが、こちらも道間違いで正しいコースを進めませんでした。 山行の詳細記事は4月2日から木曜日 ブログ に掲載予定。 この日の行程 里山学校駐車場(30) 7:45 8:55 竜神(160)  8:55 9:40 上青柳集落(60) 9:55 10:50 月折山(299) 11:20(昼食) 12:20 上青柳集落(60)  12:25 14:15 里山学校駐車場(30) [推定距離 20.1km] p.s.「中高年の山歩き」バックナンバーは こちら 。 ↓どれかクリックしていただければうれしいですが、ブログ村は最近広告ばっかりなので、データ無制限でない方はご注意ください。      

アマ・タリシヒコと署名していれば聖徳太子ではない

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いま、ホームページをgodowngamblin.netからgodowngamblin.comに移す作業に掛かっている。 .netのドメインを契約しているお名前.comがけしからん勧誘メールを たびたび送ってくるからである。6月の更改時に、解約しようと思っている。 他にすることがない年金生活者だから時間は余るほどあるが、数千の記事、数万の画像を旧サイトから新サイトに移すのは大変である。作業に加えて、自分が昔書いた記事を読んでしまうものだから、余計に時間がかかる。書いたことを忘れているのである。 以下は「常識で考える日本古代史」シリーズに掲載した、隋書の記事。聖徳太子が隋に国書を送ったことは教科書に載っているが、太子が「アマ・タラシヒコ」ないし似た名前を名乗ったことはない。どう考えても別人物なのだが、日本の学会はそれでいいとしている。 もうすぐ70歳だから、こうしたいい加減な歴史教育が改まることは私の生きている間ないだろう。残念なことである。おそらく多くの人にとって、真実とは誰かが大声で主張したことなのだ。 以下は2008年9月だから、もう18年前の記事になる。 ----------------------------------------------------------------- この点について、井沢元彦氏は著書「逆説の日本史」において、以下の主旨で説明している。 いまでもそうだが、古代において貴人の実名を口にすることはできなかった。そのため、使者は隋の役人に王の名前を聞かれて、「われわれはアマノタリシヒコとお呼びしています。あるいは、オオキミと呼びます」と答えた。それを聞いた隋の役人が姓名をアマ・タリシヒコ、王を指す言葉をオオキミと記録したのであろう。 確かに、古代の中国文化圏において、皇帝の実名を呼ぶことが不敬とされたことは事実である。例えば、日本でも広く信仰されている「観音さま」の本当の名前は「観世音菩薩」である。この「世」がなぜ消えたのかというと、唐の二代皇帝の実名が「李世民」であったため、ちょうど日本に仏教が広まるころ「世」の字が使えなかったからなのである。 しかし、使者が実名を呼ぶことが不敬だから、倭国王の名前が不明であるという説明はおかしい。使者が口頭で説明をするだけならば成り立つかもしれ...

羽鳥旧道に行ってきました

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前回は近年整備された車道だったので、改めて羽鳥道の旧道を登ってきました。下りは緑化行事記念碑から三角点経由の予定が、管理道をダムまで下ってしまいました。 山行の詳細記事は3月12日から木曜日 ブログ に掲載予定。 この日の行程 真壁駐車場(30) 8:00 8:40 羽鳥集落(70-190)  9:30 9:50 水分神碑(260) 9:55 10:10 椎尾林道分岐(355) 10:15 10:40 緑化運動発祥之地(250) 10:45 11:30 25番柱見出票(123) 11:50(昼食) 12:20 砂防ダム(150) 12:25 12:50 東山田集落(50) 12:50 13:35 真壁駐車場(30) [推定距離 14.2km] p.s.「中高年の山歩き」バックナンバーは こちら 。 ↓どれかクリックしていただければうれしいですが、ブログ村は最近広告ばっかりなので、データ無制限でない方はご注意ください。      

マカオ厄払いの旅

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先日のブログに、いま五千円一万円で四苦八苦するのは、昔グリーンチップを数秒でやり取りした報いかもしれないと書いた。さすがにブラックチップ($100)を気楽にベットすることはできなかったが、レッドチップ($5)、グリーンチップ($25)まではそれほど緊張しないで賭けることができた。いまや、年金支給日前には財布に千円札がない。 以下は、スプリットが5つ出て勝ったたいへん珍しいケース。金額はおそらく100HK$、当時で約1,400円だったので、1,400円賭けたつもりが7,000円賭けることになってしまった。こういう場合たいてい負けるのだが、何とか勝つことができた。たまにはこういうことがないと、カシノに行く楽しみがなくなってしまう。2007年5月、もう19年前のことになる。 ----------------------------------------- しばらく前から、ひどい状態が続いている。KKvsTTではTが出て負けるし、QQvs84では4が2枚出る。ATvsA5のように重なっているじゃんけんでも、私がTの方だと必ず5が出るし、私が5を持っていると5など絶対に出ない。AA、KKが来ても必ず1ラウンドだし、それも2週間に一度のペースである。というわけで、今回のテーマは厄払いである。 観音堂で10HK$で線香の束を買い、現地の人に混じって3つのお堂を巡ってお祈りする。3つのお堂はそれぞれ道教、仏教、儒教であり、現世利益と来世の幸せをともに祈願できるようになっている。本尊というか神像(媽祖や孔子)の前にはひざをつけられるようにクッションのようなものが置いてあり、線香を持って拝みながらひざまづくのが現地のやり方のようだ。 見よう見まねで同じように拝礼し、勝負運の向上を祈る。厄払いはお大師さまが定番だが、遠く日本からの参拝だからそこは斟酌してくれるはずだし、何しろ日本ではまだカジノは合法化されていないので、本場マカオの神さまにお祈りするのが筋であろう。手が線香の色に染まってまっ黄色になってしまったが、一通りお祈りして何かが抜けたような気がした。 そんな訳で今回はとにかく100HK$でも勝って帰ることが重要である。前回のテニアンで何とか海外カシノの連敗を止めたけれども、昨年一年間マカオでは負けてばかりであ...