投稿

去年は古賀志山に登れたのに

イメージ
クマの市街地進出は止まらない。 古賀志山なら大丈夫だろうと下調べをしていたところが、古賀志山どころか宇都宮市内に出てしまった。それも、東武宇都宮駅や栃木県庁のすぐ近くのアーケード街である。 小学校が休校になる地域で、山歩きしようというのは無謀である。残り十年かそこらを、クマに引っかかれて痛い思いをして過ごすのは嫌だ。君子危うきに近寄らず。危ないことはしないのが賢い。 以下は昨年6月に古賀志山に行った時の記事。わずか1年後にこういう事態になるとは思わなかった。 ---------------------------------------------------- 肩から赤岩山は、これまでよりずっと難易度が増す。 ロープが連続し、下りてくる人がいれば渋滞してしまうくらい狭い。とはいえ、通常の鎖(ロープ)場であり、慎重に三点確保すればそれほど危険な斜面ではない。幸い、朝早いので私の他に登山者はいない。 急傾斜がしばらく続き、少し平らになると頂上である。時間的には肩から5分かそのくらいだろう。「赤岩山」の立派な山名標の前に出た。木々の間から向こう側は見えるものの、展望はそれほど開けない。 頂上の向こう側にも道が続き、東側にも踏み跡はあったけれど、どうつながっているか分からない。進んだら絶壁岩場では困るので、来た道を引き返す。登った道ならたいてい下ることができる。 さて、問題はここからである。御嶽山・古賀志山へは、二尊岩・中岩という場所を経由する。 名前からして岩場だし、WEBには点線表示である。 さらにこの古賀志山一帯は、ロッククライミングで有名である。赤岩山程度なら何とかなるが、さてどうか。 肩まで戻って、二尊岩・中岩方向に進む。平らな道は百m少々しか続かず、その先は岩場である。しかも、数十m下に空中に突き出た岩が見える。あそこを抜けていくのはちょっと厳しそうだ。 そして、岩に固定されているのは、おなじみトラロープではなく、がっちりと打ち込まれたチェーンである。なんちゃって鎖場ではなく、本格的な鎖場。しかも丹沢のように下が見える訳でもない。   一本目の鎖は何とか下れたが、その時点ですでに後ろ向きにならなければならなかった。そして二本目の鎖は、空中に垂れ下がっている。まさに垂直な斜面であった。 三点確保して足場を探るが、どこにも引っかからない。下も...

クマが出た三ノ木戸山に登った時の話

イメージ
先週、奥多摩の三ノ木戸山(さぬきどやま)にクマが出て、ロシアから来た登山者が大ケガをした。クマに引っかかれたらそれだけで痛い。 三ノ木戸山は奥多摩からの一般登山道で、雲取山に行く人はたいてい鴨沢から登り尾根だが、途中の鷹ノ巣山や六ツ石山へは三ノ木戸山経由石尾根で登る人も多い。バスに乗らなくても奥多摩駅からすぐ行けるので、私も好きな尾根であった。 その山にクマが現れたというので、どうやら通行禁止になったらしい。このあたりは山野井さんがクマに襲われた場所でもあり、昔はいくつか集落があったがいまは廃村だらけである。このまま奥多摩に行くのが難しくなってしまうのだろうか。残念である。 以下は2014年4月、12年前に登った時の記事。三ノ木戸集落まで下りてくると、元国会議員の別荘だという巨大な木造建築があったのが印象に残る。 ---------------------------------------------------------------- 30分ほど休んで、再び出発。三ノ木戸山頂上付近のなだらかな平地を、さらに10分ほど歩くと分岐点である。ここには「三ノ木戸から奥多摩駅方面」の標識があって、1/25000図には載っていないが、WEB情報によれば普通に歩ける登山道ということである。今日はこの道を下る計画であった。ただ、ちょっと不安だったのは、つい2、3日前の日付で「通行注意。橋が壊れています」と書いてあったことである。 注意であって禁止でないのだから、歩いて歩けないことはなかろうと分岐点から南へと下って行った。 石尾根から三ノ木戸集落に向かう登山道は、スイッチバックの行ったり来たりで急坂が多い上に道幅は全体に狭いけれど、歩きやすく整備されていた。もしかすると、水道局の巡視に使われている道なのかもしれない。私の他には誰も歩いておらず、すれ違ったり抜かれたりせずに自分のペースで歩けたこともあって、むしろ絹笠から登ってきた道よりも歩きやすく感じた。 問題は、コースタイムが分からないことである。前回、十二天山から奥多摩駅までの帰り道に2時間15分かかったことからして、大体そのあたりが見当だろうと思う。そしてお昼の後に歩き出したのが12時20分だったから、下山は大体2時半頃と予測した。早めに着いてひと風呂浴びてホリデー快速に乗れればいいのだけ...

然別湖畔温泉

イメージ
北海道は自分で旅行するようになってから、何十回と行った。独身時に8年連続、子供を連れて8年連続、子供が独立して奥さんと二人で十数回。ここしばらく行っていないのは、 列車もホテルも観光地も中国人で一杯になったのと、温暖化で夏でも涼しくない のが大きな要因である。 日本渡航自粛令が出て、最近ではようやく静かになったらしい。インバウンド需要など長続きするものではなく、リゾートの土地買い占めもいい加減にしてほしい。もっともクマが市街地に進出しているので、彼らもまさか獲って食べる訳にはいかないだろう。 以下は2015年7月の記事。 北海道は広くみどころも多いが、その中でも然別湖(しかりべつこ)は印象深い場所のひとつである。あまり中国人が来なくなったら、もう一度行ってみたい。 ----------------------------------------------- 帯広市街から北に向かって2時間弱、然別湖は大雪山国立公園の区域内にある。きわめて環境保護に厳しい地域であり、道路も一部は一車線のみである。新規の建築が原則として認められないため、宿泊施設は然別湖畔温泉ホテル、ホテル福原の2軒しかない。 実はこの2軒以外に、40年前は然別湖畔ユースホステルがあった。湖畔温泉ホテルがやっていたユースホステルで、2段ベットのぎゅうぎゅう詰めだったと記憶しているが、当時はユースホステルなんてみんなそんなもんだった。ここの遊覧船も湖畔温泉ホテルが経営しているので、料金が割引になったように覚えている。 然別湖に泊まるのは、以来40年振りのことである。湖畔温泉ホテルは現在、ホテル風水という名前を使っているが、ところどころに古い名前の表示が残っている。おそらく閑散としているのだろうと思っていたら、予想に反して観光バスが6、7台という盛況であった。ホテル風水には中国人ツアー客が数十人、ホテル福原には京都の修学旅行生が泊まり、たいへんな賑わいであった。 ホテル風水は客室のすぐ外が湖なので、窓から然別湖が一望できる。湖の対岸が天望山、別名唇山(くちびるやま)である。湖面に映った山がちょうど上下の唇のように見えることから名付けられた。着いた日の夕方は霧に包まれて見えず、翌朝の夜明け前にようやく見えた。ところが日が昇ると、右端の峠から雲が進出してきて再び姿を隠してしまった。神秘的である。...

中山開拓・拓魂碑まで歩いてきました

イメージ
4月29日に石岡トレランコースの3回目、中山開拓の拓魂碑まで歩いてきました。ここは第二次大戦後、満州からの引揚者の受け入れ先として国有林を提供した土地で、移り住んだ方々はたいへん苦労されたという。 「拓魂碑」は最後に残った細野氏が亡くなった後にその功績を記したもので、開拓地のもっとも上、標高297mの独標付近に建っている。付近には細野氏の拓いた茶畑や製茶工場もあったが、残念ながら自然に還りつつある。 詳しい登山記録は5月21日から木曜日に ブログ 連載予定。 この日の行程 里山学校駐車場(40) 6:40 7:15 仏生寺集落(60) 7:15 7:30 中山集落(140) 7:30 7:50 林道分岐(230) 7:50 8:00 拓魂碑(297) 8:10 8:25 ふれあいの道合流(200) 8:25 9:00 北向観音堂(70) 9:15 9:45 里山学校駐車場(40) [推定距離 11.4km] p.s.「中高年の山歩き」バックナンバーは こちら 。 ↓どれかクリックしていただければうれしいですが、ブログ村は最近広告ばっかりなので、データ無制限でない方はご注意ください。      

鯨肉のから揚げケチャップソース

イメージ
誕生日が過ぎて、70歳まで残り1年。まだまだ若いつもりでいるけれど、残り時間は確実に少なくなってきている。 周囲の人達をみていると、あと10年くらいいまのまま大丈夫ではなかろうかと思っている。10年前はリタイアした年だから、それくらいは期待してバチは当たらないだろう。 とはいえ、あと20年すると90。いくらなんでも無事にはいられない。20年前というと盛んにカシノに出かけていた頃で、過去未来ひっくり返すとその頃この世にいない可能性が大きいのであった。悲しいとか空しいではなく、そんなものかというのが正直な気持ちである。 20年前には、すでにこのブログを開設していた。いまは連載していないが、ボクシングやNFL予想、日本史の記事も毎週書いた。「飲む話食べる話」と題して、酒や料理をテーマにしたシリーズもあった。当時は活動範囲も広く、書くことがいくらでもあった。 以下は2006年11月の記事。20年前になる。 ----------------------------------------- 日曜日の昨日、久しぶりにお気に入りの魚屋に行ってみた。木枯らしが吹く季節になったので、刺身というにはちょっと寒い。生きのいいいわしが出ていたら、紫蘇と梅肉をはさみ揚げにしたらおいしいだろうと思ったのだが、お目当てのいわしの他に鯨が安く出ていた。 加熱用と書いてあるが250円である。これまで鯨料理は作ったことがないが、この量と値段なら失敗しても目をつぶって食べてしまえそうだ。という訳で、昨晩の酒のつまみは鯨肉のから揚げケチャップソースあえに挑戦してみることにした。 子供の頃給食でいやというほど食べた料理であるが、あれから40年。舌が味を覚えているかどうか不安である。まだ鯨ベーコンの方が就職したての頃有楽町のガード下で食べたことがあったし、鯨が部分解禁になってさっそく買って食べてみたくらいでなじみ深いが、ケチャップソースとなると子供の料理である。ネットで調べてみても作り方など載っていない。仕方なく、自己流で作ることにした。 鯨肉は一口大に切って、下味をつける。給食で食べた鯨は脂身の部分が多くてぷりぷりしていた記憶があるが、おそらくそうした鯨は獲ってはいけない種類なのだろう。買った鯨肉は赤身だけで脂身がない。 下味はしょうがと長ネギ、しょうゆ。にんにくを入れると鯨の味に勝ってしま...