投稿

7月, 2026の投稿を表示しています

知床遊覧船事故

イメージ
知床観光船事故の裁判で、先日一審判決が出た。2022年だから、もう4年前のことになる。 この事故では多くの犠牲者が出て、いまだ行方不明の方もいらっしゃる。荒天で危険だから休航で問題なかったはずだが、少々のカネのために出航させて取り返しのつかない結果となった。休航で入らなかった料金と、1人当たりの賠償額では、2桁どころか3桁違う。 観光船を運航した社長が実刑となるのは当然であるが、忘れてはならないのは、この会社を問題なしとして検査で合格させた面々である。国土交通省とその下請けだから責任は追及されないが、なぜ許認可業務なんですかということである。 つくづく、昔ちゃんと仕事しておいてよかったと思う。以下は2022年5月の記事。 --------------------------------------------- 知床遊覧船事故で、沈没した船には数日前に国の検査があったにもかかわらず、通信手段の不備などを見逃して合格としていたことが問題になっている。 現役時代に、船ではないけれども国の検査の下請けをやっていて、似たようなケースがあったことを思い出した。 検査基準を充たしていないにもかかわらず合格させようとする有形無形の圧力はあるけれど、 それに屈していては検査の意味がない。 私の関わった検査では、施設の設備が基準を充たしておらず、それを見逃しては検査する意味がないので、役所のご担当に「これは認めてはダメですよ」と言って不合格にしてもらった。 基準に達していなくても指摘して合格とするケースももちろんあるが(というか、大部分そうである)、このケースでは必要な壁もなく鍵の掛かるドアもなく、検査に来ることが事前に分かっているのにこれはないだろうという体たらくだった。 場所は九州の先の方で、役所の人は福岡から、私は東京から出張で来ている。関係者もわざわざ県境を越えて大勢来ている。検査をやり直すとなるとまた日程調整してやり直しになるし、指摘するだけでいいだろうという雰囲気も感じたけれど、私は認めなかった。権限は役所にあるけれど、ストップできるのは私だけだったからである。 そういうことをしているから嫌われて、出世できなかったし長く会社にいられなかったという考え方もある。けれどいま思っても、あれを認めていたら自分自身の運気を間違いなく落としてい...