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苦闘のお遍路歩き・三坂峠

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今回、千葉県豪雨でたいへん怖い思いをしたが、 十年前のお遍路歩きでもっとも苦難だったのは、大宝寺・岩屋寺から松山市内に入る経路であった。 何しろこの回の区切り打ちでは、1週間以上連続で雨降りの中歩いた上に、最後は台風が来て予定を切り上げて家に戻ったくらいである。下の記録は三坂峠。久万高原から松山市に入る山間部だが、連日の雨で道は川と化し、ところどころ路肩も崩れて危ない状況だった。ほとんど人通りもなく、何かあったら大変なところだった。 歩いたのは2017年10月、記事にしたのは2018年8月である。 ----------------------------------------------------------------------------- 三坂峠の下りに入る。 連日の雨で道がぬかるんでいて、ずっと足下に注意しなければならない。 スイッチバックの急坂でスピードが出ない上、ところどころ側面が崩れているところもあるし、道が川になっているところもある。遍路道というよりは登山道レベルの道というべきである。 この回の区切り打ちで何度か峠越えを経験したが、その中でも最も困難な道であった。疲れたといえば久万高原への鴇田峠越えや、大宝寺から峠御堂トンネルまでの方が疲れたけれども、あの時以上に足場が悪かった。へんろ道はたいてい砂利くらい敷いてあるのだけれど、この道は泥の中を下りて行くのである。 ひとしきりスイッチバックを下りた後は、谷に沿ったトラバース道である。見通しが利かないので、実際にどういうところを歩いているのか分からない。建物の屋根のようなものが見えたと思ったが、そこまで下りても何もないということが2、3度あった。 谷に近くなると、今度は登山道を遮って川が流れている。 足が乗る程度の大きさの岩を足場にして、なんとか渡渉する。この川は普段からこんなに水量があるのか、あるいは連日の雨でこうなったのかよく分からない。いずれにせよ、山歩きの経験のない年寄りが歩くとすれば危険の多い道と言わざるを得ない。 さらに下って行くと、今度は山側の斜面が崩れて土砂が登山道を覆っている。滑らないよう慎重に進む。すでにウォーキングシューズは半分以上泥に埋まり、速乾白衣も泥まみれである(後の話になるが、この泥汚れはとうとう落ちなかった)。 あとから振り返...

出張のひそかな楽しみ・皆既日食

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近年は財政的に厳しく、泊りがけでどこかに行くのが難しくなった。以前は国内・海外いろいろ行った。その上、出張の行き帰りに気になる場所を見に行くこともできた。 いまや、諸物価高騰やインバウンドの影響で、ビジネスホテルを出張旅費で泊まるのも難しくなったらしい。その意味では、いい時期にサラリーマンをしていたと言えなくもない。 以下は2009年7月の記事。出張で泊まったビジネスホテルの一人飲みについて書いた。その前の時代には現地担当者と飲み会があったらしいが、私の時代にはなかった。正直なところ、一人の方が気を遣わなくていい。 この年皆既日食があったが、残念なことに九州南部は雨だった。次の皆既日食は2035年。記事を書いた頃は「あと30年ない」だったが、あと9年である。それはそうと、こんなに食ってりゃ太るのも無理ない。 ---------------------------------------- この7~8月にほとんど唯一スケジュールが空いていたのは海の日3連休の前後であったが、 ここにも仕事が入って、夏休みの目処はまだついていない。 22日の日食を、皆既は今からでは難しいけれど(宿どころか船も一杯らしい)、95%欠ける九州南部で見ようと思ったのもつかの間のことであった。 ちなみに、皆既日食は日本ではあと30年ないけれど、金環日食は何年かすると東京でも見られる。太陽と月のみかけの大きさはほぼ同じで、皆既は月がやや大きく、金環は太陽がやや大きい(太陽・地球・月の位置関係による)。だから昼間なのに星が見えるくらいに暗くなるのは皆既日食の方なのであるが、スペクタクルということでは皆既も金環も同じく感動的ではないだろうか。 というわけで、こう出張が続くとストレス解消も大変である。昔は、その土地の名物を肴に一杯というのが定番であったが、歳とともに酒が飲めなくなり、また仕事が終わって出歩く体力もなくなってきた。出張費もぎりぎりしか出なくなって懐の余裕も乏しい。加えて、私はひと付き合いがあまり得意ではない。 ということで最近多くなったのが、食べ物飲み物を買ってきて ホテルで一人「部屋飲み」 というやつである。近くに駅があれば駅弁、スーパーがあれば出来合いのお弁当を買ってくる。最近は、結構安くておかずもいっぱい入っているものが多い。つまみも適当に買う。今夜は2000円以...