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6月, 2024の投稿を表示しています

終盤にようやく景色が開けた 燕山中腹一周(完結編)

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チェーン封鎖地点からしばらく進むと、 右手の樹間から景色が開けてきた。見えるのは雨引山方面である。 雨引山から燕山の稜線で、このように景色が開けた場所は記憶する限りない。 稜線から少し離れてこういう眺めが見られるとは意外だった。雨引山から燕山はいったん稜線が下がって、向こうの景色が見える。ということは、関東ふれあいの道はかなり標高を下げているということになる。 と同時に、方向に間違いなく西に向かって歩いていることが確認できた。いま歩いている燕山中腹道は稜線の下がったところよりずいぶん高いが、それでも自転車のタイヤ痕が続いている。おそらく、このまま関東ふれあいの道まで続くものと思われた。 とはいえ意外と稜線まで遠く、その前に登山道は分岐して右に伸びる道がある。1/25000図にもみんなの足跡にも載っていない(鈴木さんの本にもない)道だが、どこに通じているのだろうか。 やがて傾斜のないトラバース道になり、 向こうから登山者が歩いてきて関東ふれあいの道に合流した。 考えていたのとは違って、稜線上にはっきりした分岐があった。急登の始まる地点よりかなり前である。 ふれあいの道に合流すると、例のタイヤ痕でえぐれたすべりやすい道である。タイヤ痕は自転車タイヤの幅しかないので登山靴だと狭くて歩けないし、そこを外すと滑ってどうしようもない。特にここを下る登山客には迷惑なタイヤ痕である。 思うに、いま私が歩いてきた道をMTBで来て、ふれあいの道で急降下するのだろう。かなり危険だが、それでますます道がえぐれてしまうものと思われた。だから、三本杭に「二輪車通行禁止」と書いてもほとんど意味がなく、看板を出すのならいま来た道であろう(「みんなで環境保護」の立札あたり)。 つるつるの坂道は歩行者すれ違い困難で、登りの人をお待たせしてしまった。坂道が終わると三本杭で、案内看板や二輪車通行禁止の立札がある。稜線から外れて10mほど進むと、東飯田林道の支線に出る。 ここからは以前も通った道で、ほどなく林道の本線に出る。1時間弱で花の入公園に戻った。お昼少し前だったが、まだ駐車場は半分くらい空いていた。しかし、 帰りにゆりの郷に寄ったら駐車場が満杯だったから、さすがゴールデンウィーク。 筑波山はさぞかし人が多かったんだろうと思った。 この日の行程 花の入公園(105

NHK党ポスタージャックの感想

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NHK党が都知事選でまた騒ぎを起こしている。 良識ある人々の多くは不快に感じているはずだが、面白がっている人が一定数いることも間違いない ので(だから政党補助金が出ている)、選管も警察も行政も何もできないだろう。 私は都民ではないし、党首の顔は嫌いだし、YouTubeも決まった動画しか見ないからニュースで目に入らなければ知らなかったことだし、関係ないといえば関係ない。ただ、こういう事態は十分考えられたのに、何も準備しなかった立法・行政・地方自治の人達はNHK党よりずいぶん頭が悪いと思う。 選挙制度を売名のために使う人達がいることは前から分かっていたし、 何年か前ブログに 書いたこともある。そんなことをしていると、いまに中国やロシアのようになると言ったところで、彼らには分からない。将来のことを考える頭がないからである。 選挙制度というものがあって、税金を使って広報宣伝してくれる。供託金と広報メリットを秤にかけて、 メリットが大きければ利用しないのは目の前のカネに手を出さないのと同じ。 あとは、いかに注目を集めるかである。 いい悪いを別にすると、やってることはたけしやさんま、めちゃイケやイッテQと変わらない。違うのは、彼らの場合はTV局というフィルターがかかるので、一定数以上の視聴者が見込める(視聴率がとれる)ものでないと電波に乘らないことであった。 いまの時代は、その「一定数」の閾値が急激に下がっている。NHK党の得票率は1%くらいだが、TVで1%の視聴率では番組打ち切りである。選挙で1%取れば、やり方によっては政党補助金が出る。 政党補助金をもらうのは大変だが、こうして話題になってYouTubeのアクセスが伸びれば、それで彼らとしては御の字である。アクセスが伸びればGoogleからおカネがもらえる。そのおおもとは広告料である。 新聞やTVがタダで広告宣伝してくれることに加え、選管のポスター掲示は津々浦々になされるし、NHKで政見放送も流してもらえる。人目に立つ場所に看板を立てれば警察や行政がうるさいが、選挙ポスターの体裁にすれば選挙期間中は文句を言われない。 だからこうした選挙制度を使った広告宣伝をやらせないようにするには、 供託金を上げるか、ポスター掲示・政見放送をやめるかしかない。 でもそうしてしまうと、本当に民主政治の危機となった

夏至に梅雨入り発表で大雨 でも朝走ったよ

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6月21日金曜日、気象庁は関東地方の梅雨入りを発表 した。2、3日前から今週末に梅雨入りと天気予報で予想してたので心の準備はしていたが、発表したとたんいかにも梅雨と言う雨降りになった。 例年より2週間遅いということだが、2週前には日光で土砂降りに遭ってしまったので、体感的にはその時から梅雨である。以降、連日のように夏日で、梅雨の前に夏だと奥さんと話していたくらいである。 今朝はいつものように4時起きして、ランニングに行った。もう夏至なので4時だと明るいのだが、雲が厚いためか薄暗い。準備体操して、往復4kmのコースに出る。 普段のウィークデイは公園に行って400m周回遊歩道のローテーションなのだが、 築山に蜂注意のトラロープが張ってある。 わざわざ危ないところに行く必要はないし、築山と遊歩道は自分的にセットなので、片道2kmの往復コースにしたのである。 走り出しは涼しいと思ったけれど気のせいで、すぐに胸が押さえつけられるような気温と湿度であることが分かった。ランニングしている時の気温はすでに20℃を超えていたので、すがすがしい空気ではない。 このコースは途中で右折するが、信号横断がないので歩道を止まらずに走ることができる。難があるのはすぐ水たまりができてしまうことで、雨が降り出してからだったら厳しかったけれど、5時前にはまだ降っていなかった。 1往復して戻る頃にはすでに大汗。冬なら6往復24kmまで走るコースだが、この時期だと3往復が限界。朝ご飯に戻るためには2往復でやめておこう。 ガーミンを買う経済力がないのでカシオのスポーツウォッチで計測。距離はいちおうスマホで測っているのでそんなに違わないだろう。2kmで15分切るくらいだから、1km7分半かそのくらい。67のじいさまだから、このくらいで勘弁してもらおう。 朝早くにも走る人は結構いて、散歩する人はもっとたくさんいるが、今朝も若い女の子に抜かれた。抜かれた後もそんなに差は開かなかったから、うすのんびりした爺様の後ろを走りたくなかったんだろう。 家の前の小さな公園に戻って、クーリングダウン代わりの反復横跳び。走る時は股関節を前後にしか動かさないから、横に動かしてバランスをとるつもりである。併せて、高齢者向け体力テストをやられた時の準備にもなる。 家に帰ってシャワーを浴びて着替え

どうやって電線を管理するのだろう 燕山中腹一周(後編)

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この日は朝からさんざん道間違いした日なので、慎重に地図と道を見比べながら進む。林道は571独標付近まで下りて、そこでT字路に突き当たるのだが、実際に右から合流するのはほとんど廃道で、道なりに左に折れる感じである。 八郷に下りる林道はここだけ車が通れる。しかし、そこから左への分岐が迷わされた。というのは、そこは廃道と思われるような草ぼうぼうの道だったのである。 それでも この道で合っていると思ったのは、三相三線と電話線まで付いた立派な電線と電柱が続いていた からである。ただし、路面は岩だらけで、落石にしか見えない巨大な塊もある。とてもじゃないが、四輪車が通れる道ではない。 この間、茨城県屈指の「険道」 (一本杉峠から県道218号) を歩いたが、そこと大差ない道である。ここは県道ではないようだが、電線と電柱が続いている。メンテナンスする人達はどうやって作業するのだろうと思うくらいだった。 規格からみて、この電線は加波山神社の社務所だけでなく、燕山のアンテナ群に電気と通信(ケーブル)を供給しているのだろう。燕山のアンテナは、雨引山と違い現役ばりばりである。にもかかわらずこの電線は危ない場所を通っている。 随分進んでから、 道幅半分にわたって路肩が崩壊しており、谷に沿って崩落している場所がある ことが判明した。反対方向からは「車両通行止」の表示がある。そして通行止め以降落石をそのままにしているから、この状況になっているものと思われた。 いずれにしても、ここが1/25000図の実線の道とは思えない。さきほどの分岐で入らずにそのまま進んでも、遠回りになるが近くまで達するので、道路自体いまは使われていないのかもしれない。電柱も電線も、あるだけで使われていない可能性もある。 スマホで進路を確認するのだけれど、このあたり道が接近していて正しいルートかどうかよく分からない。分岐はなかったと思うし、電柱・電線が続いているので大丈夫だろうが、この日は分岐をいくつも見逃している。 心細い道路をかなり歩いて、ようやく前方に合流点が見えた。麓に向かう道は車が通れる道で、左に分かれる道にはチェーンが引いてある。立札があるので近くに寄って見てみると「車両進入禁止」ではなく「みんなで環境保護」と書いてあった。 そして、 ほっとしたのはいつものタイヤ痕を見つけたから

ほとんどの人は何も考えていない

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さいきん立て続けに「何だこれは」という目に遭った。ほとんどの人は何も考えていないとつくづく感じるし、世の中を少しでもよくするため自分も何かしようという気がなくなる。 諺に「天網恢恢疎にして漏らさず」というし、アダム・スミスは「神の見えざる手」と言ったけれど、 実際のところ悪人は栄えるし善人は損をする。 マーケットが決めるのは価格だけで、需要を増やすことも供給を増やすこともできない。 私が世の中に求めるレベルは、「嘘をつかないでくれ」と「約束を守ってくれ」というレベルである。残念ながら大企業や世の中を動かす人々はそのレベルにも達していない。自分達が儲けるためには、嘘も平気だし約束など守らない。下がそうだということは、そういう人間が出世して模範となっているからである。 嘘をついて他人を惑わすのはよくないし、約束は原則として守るべきだ。もちろん綺麗事だけで済むものではないが、少なくとも建前として守る姿勢がほしい。 それがなくなったのが、アベノミクス(マスク?)の最大の問題点だと思っている。 私の育った昭和30年代はまだ日本全国貧乏だったし、生活環境も衛生環境もよくなかった。街を歩けばツバを吐く奴吸い殻を捨てる奴が山ほどいたし、横断歩道があっても車は止まらなかった。 切符を買うにも電気製品を買うにも駅や店に行かなければならなかったし、米や酒は家まで届けてもらわなければならなかった。いまと比べるとたいへん不便な世の中であった。 それでもよかったことはいくつかあって、戦争に負けてまだ間もなかったので、民主主義とか平等ということが建前だけでも重んじられていた。学校に行けば体罰もいじめもあったけれど、少なくとも生徒同士は同等であることが保障されていたように思う。少なくとも、誰とかは元華族だとか先祖は武士だとか聞いたことがない。 ところがある時期から、勉強ができる生徒はできない生徒より偉い、友達の多い奴は少ない奴より偉い、カネ持ちは貧乏人より偉いということになった。小さい時からそういう価値観に慣れて育ってきた子供達は、そういう大人になる。 多くの人は、面識もなく何の得にもならない人間は存在しないと思っている。 自分以外は実在しないというアイデアは精神の平衡を保つために有効であるが、そういう人間が他者と関わったり、まして公職についてはならない。存在しない

日光で雨に降られる 久しぶりのレインウェア ~せいうち日記186

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今週の日・月は山歩きする予定で日光に宿をとったにもかかわらず、初日昼過ぎから雨になり翌日午前中も降り続いた。予定変更せざるを得ずその日はマラソン大会の下見に行くことにしたのだが、天気予報に裏切られるのは2年連続である。 当日朝の予報でも「夜になると雨のところがあるでしょう」だったのだが、 登っている途中で早くも女峰山が見えなくなったので、これは昼過ぎには雨だと 思っていた。丹勢山の頂上まではなんとか大丈夫だったが、下山途中に降り出した。 木立の中で身支度できたものの、林道には遮るものもなく、まして土砂降りである。当日の日光市の降水量は15時台で8mm程度だけれど、13時台から降っていたし少なくとも20~30mmのように思われた。 リタイアしてからは天気を選んで山に行っているのに、この始末である。そういえば、防寒以外の目的でレインウェアを着たのは2019年の四国お遍路以来。四国お遍路は毎年のように雨だったが、2019年は五色台の 白峯寺・根香寺で土砂降り に遭った。 そもそもこの時期を選ぶのがよくないし、日光はただでさえ天気が読めない。とはいえ、夏になると虫が多くて悩まされるし、秋は早いうちから雪である。アプローチが長いのでどうしても日が長い時期を選びたくなるし、そうなるとこの時期になるのである。 降り出したのがキノミ平分岐の前あたりで、ほどなく路面がよくなったのは幸いだったが、 傘の中に羽虫やらアブやら入ってくるのが鬱陶しかった。 往路では山道を通って笹薮だったので復路では林道を歩いたが、これがまたえらい遠回りで苦労した。まあ、同じ高さを下りるのだから、どちらも大変だったという話ではある。 四国遍路は区切り打ちでも10日とか2週間という長期日程だから、途中で降られるのはある程度仕方がない。とはいえ「遍路転がし」と呼ばれる焼山寺や大宝寺、岩屋寺、横峯寺あたりはすべて雨。それも豪雨で、だいぶ苦労して厄払いすることになった。 それに比べると山歩きは1泊とか2泊で、予定のとりにくい現役時代はともかく、リタイアしてからは天気を選んで行くようにしている。それでも、2018年の上高地のように、3泊目の夜から大雨になることもある。 雨具とか非常食、ツェルトなどの緊急用品は使わないのが一番である。使う羽目に陥ったのは幸い雨具ぐらいのものだが、いざ使う段に

次々と分岐を見逃す 燕山中腹一周(中編)

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ようやく東飯田林道に復帰した後も順調にはいかなかった。林道をずっと歩けば三本杭との分岐があるはずなのに、 いつまで登っても見つからない。まだかと思ってスマホを見ると、とっくに通り過ぎていた。 これは帰り道で判明したのだけれど、分岐自体は見逃すはずのないはっきりしたものである。しかし、その時ちょうど右前方に燕(つばくろ)山の頂上が覗いて、すばらしい景色なのだ。そこで右に注意が集中して、左にある分岐を見逃したのである。 気づいた時にはずいぶん先まで進んでいて、もう花の入公園からの直登ルート手前まで来ている。時刻はまだ早いが、いったん休んで体制を立て直すことにした。ちょうど合流点に、座れるように丸太がある。 お昼はファミマで買ってきた飲むレモンサラダとシャキシャキレタスサンド、それと冷凍のマンゴーである。昼食休憩は東側の巻き道を踏破して燕山直下の東屋を予定していたが、朝一番で管理道で1時間余計に歩き、いままた分岐を見逃した。こういう時は落ち着いて何か口に入れろと書いてある。 時計回りは分岐まで戻らなくてはならず論外である。燕山頂上に予定を切り替えるか、あるいは計画とは逆に反時計回りにするか。時刻はまだ9時前なのでどちらにしても問題ないが、こういう日は無難に歩くべきかもしれないと考える。 そして歩き始めると、 今度は燕山直登分岐を見逃し、二輪車通行禁止の急坂も見逃した。 直登分岐はああ見逃したなとショックはあまりなかったけれど、通行禁止急坂を見逃したのはかなりショックだった。朝方の見逃しがあったので注意しているのに、なぜこんなに次々と分岐を見逃すのだろう。 気がついたら前方に見覚えのあるベンチがある。「加波山神社5分」の案内看板もある。これは加波山神社への分岐である。「なんでもう加波山なんだ」と思わず声を出してしまった。 日光とかもっと山深い場所でなく、筑波連山であったことに感謝しなくてはならないかもしれない。管理道道迷いでは、北に向かうつもりで南西に向かっていた。よく遭難事故で、北に向かう計画で南に向かっていたなんて記事をみて、そんな大間違いをするなんて山をなめてると思っていたのだが、何のことはない自分がそれをやっている。 その後は、再三にわたる分岐見逃しである。光の加減で時刻によって微妙に見え方が違うし、いい景色があるとそちらに目が奪われ

思い出の品はもういい(先週の続き)

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先週の続き。思い出の機械だからといって、もう使えないものを取っておいても仕方ないというところまで書いた。 そこで思ったのは、これは 機械だけにとどまるものではなく、諸事全般、いろんなことに通じるのではなかろうか ということである。 記念品とか、いつか読むかもしれない本、見たくなるかもしれないビデオなど残しておいたとしても、見る可能性は低い。読むんだったらいまでも読んでいるはずだし(村上春樹とか梨木果歩などいまでも時々読み返している)、読まないのなら置いておくだけスペースのムダである。 スペースのムダだけで済むならいいけれども、遠からずこの世からいなくなったり、いたとしても認知機能に支障が発生する可能性は少なくない。残すものが多ければ多いほど、自分以外に迷惑がかかる。 それまでの期間はどのくらいだろうか。平均余命=健康寿命と仮定しても、それまであと20年しかない。これまで10年以上使わなかったものを、あと20年で使うことがあるだろうか。 にもかかわらずこうした品物を処分するのに躊躇する理由は、かつて引っ越しとか大がかりな身辺整理をした際に整理したいくつかのものを、後になってたいへん後悔したからである。 ただその内容はというと、若い頃の経験をそれらがないことによって思い出すことが難しいからである。 思い出せないからと言って実害がある訳ではなく、思い出せなかったで済む。 深刻でないといえば深刻ではない。そして、そのうちそんなものがあることすら思い出せなくなれば意味がないし、あってもなくても同じである。 そう思うと、残すものがあったとしてもUSBとかクラウドとかに保存できるくらいで十分なような気がする。それなら、もしもの時は瞬時に消去できるし、そもそもスペースをとらない。クラウドなら利用料を滞納していればいつかは消える。 だから、ものとして残しておくのはいままさに使う必要があるものだけでよく、思い出はデータに残せば十分ということになる。そして、そのこと自体技術的には何の問題もない。かつてのネガフィルムとかアナログなものも、おカネさえ払えばデータ化できる。そこまでするかどうかの判断だけである。 これを世の人々は 「終活」 というのであろうか。 p.s.老後準備編、バックナンバーは こちら 。 残すものが多ければ多いほど、自分以外に迷

ラクトアイスはコーヒーフレッシュを凍らせたもの

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先月、マーガリンについて少し書いたけれど、その後もトランス脂肪酸についていろいろ調べている。そこで出てきたのは、ラクトアイス有害説である。 不勉強で恥ずかしいのだが、アイスクリームと同じケースで売られているものの種類に「アイスクリーム」「アイスミルク」「ラクトアイス」「氷菓」があって、ラクトアイスには牛乳由来の成分がほとんど含まれていないことを知った。うかつなことであった。 ラクトアイスはアイスクリームの基準を満たしていないだけで、アイスミルクよりアイスクリームに近いのかと思っていたら、大間違いであった。 ラクトアイスはコーヒーフレッシュにガムシロップを入れて固めたもの らしいのである。 コーヒーフレッシュは出始めの頃からあまり使わない。常温保存できるというのがまず怪しいし、あれはサラダ油と同じ成分と知ってまったく使わなくなった。ところが、ラクトアイスも同じだった訳である。安いはずだ。 とはいえ、三四十年使われていて食中毒になったという話も聞かないから、特に害はないのだろう。コーヒーに油を入れるのも紅茶に果汁を入れるのもたいして変わらないという考え方もある。 とはいえ、個人的にコーヒーにサラダ油は入れたくないので、バイキングでもわざわざ牛乳を入れに行っていた。ところがラクトアイスはコーヒーが入っていない。コーヒーフレッシュとガムシロップだけなのである。 コーヒーフレッシュにせよラクトアイスにせよ、まっとうな原材料で作られているのであれば文句はない。例えば アーモンドミルクや豆乳で作っても表記はラクトアイスになるはず である。しかしあの値段からいって、そういうことはあり得ない。 サラダ油であれば菜種、大豆、とうもろこしが主な原料である。コーンマーガリンという商品もあったから、とうもろこしが使われているのだろう。しかしラクトアイスやコーヒーフレッシュはおそらくもっと安い油、パーム油が使われている可能性が大きい。 パーム油は熱帯のアブラヤシから作られる油で、石鹸やバイオ燃料の他、現地では食用として使われている。とはいえ、熱帯から消費地(日本やアメリカ)まで輸送しなければならないので、防腐剤や酸化防止剤を大量に使われているうえ、高温で処理する際にトランス脂肪酸が発生する。 森林破壊でプランテーションが作られ、そこで栽培されるので、環境破壊

国有林管理道で道迷い 燕山中腹一周(前編)

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ゴールデンウィークは混むのが嫌なので出かけないことにしているのだが、今年は急に暑くなってランニングにも向かなくなってきたし、GW明けから天気が崩れる予報である。 さいきん気候が変なので、このまま梅雨に入ることだってないとはいえない。 GW中は日本から西に1000km晴天域が続いているそうで、せっかくなので山に 行くことにした。 とはいえ、道が混むので遠出はできないし、もちろん電車もダメ。近場だと筑波山だが、混む時はつつじヶ丘まで車が動かないくらい混む。いろいろ考えて、花の入公園から燕(つばくろ)山を選んだ。 さすがにこの山が人であふれることはなさそうだが、道は混む可能性が大きい。午前3時に起きて4時出発、6時に歩き始めて午前中に下山という計画を立てた。これなら、混む前に帰途につくことができるだろう。 2024年5月4日土曜日、ひたち野うしくから学園東通りを経て、渋滞なしに花の入公園着。まだ6時前で、一番乗りだった。身支度して6時5分出発。2年前にはつばくろ山への登山口が分からず撤退したが、その後何度も来ているのでそんなことはないだろう。 いくつかの分岐を分けて、東飯田林道は続く。このまま林道を進んで三本杭方向への分岐まで行くべきだったのだが、 みんなの足跡をみると林道の迂回部分をショートカットする道 をみなさん歩いているようだ。せっかくだから、そこを歩いてみよう。 257独標まで数百m迂回するので、ここを歩ければ随分距離を短縮できる。そう思ったのがケチのつき始めで、国有林管理道は行先表示がないので、もっと用心深く進むべきだったのだ。 それらしき管理道分岐から国有林に入る。中に入ると道は相当にしっかりしていて、砂利の敷いてある東飯田林道ほどではないが道の形ははっきりしている。人が入っているのも確かで、両側の木にペンキで何か記号が書いてある。 ただ、途中でかなりの急傾斜が出てきたのと、なかなか林道に出ないのが気になった。20分ほど歩いただろうか。気になってスマホで現在場所を確認すると、なんと全然林道とは違う方向に進んでいる。 なぜこんなことになってしまっただろう。 影が左方向に伸びていたから北に向かっているとばかり思っていたけれど、進んでいるのは南西である。 確かにまだ午前6時だから普段とは違う向きだろうが、それにしてもひどい間違いであ

「思い出の品」はもういいかな

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先週は、パソコン周りからいろいろ部屋を片づけた。 発端は、画面でたびたび注意喚起されるWindows 10のサポート終了 である。この間Windows 7のサポートが終わったばかりだというのに、忙しいことである。Microsoftも商売したくて大変である。 まだ1年半あるし、いまのところ新しいパソコンに買い替えるつもりはない。急に使えなくなることもないだろうと思っているけれども、万一に備えてパソコンが突然死した場合の対応をいろいろ考えている。 その中で、昔のパソコンとか、いま使えない周辺機器をどうすると考え出したら、結構奥深いところで気づくことがあった。そのことをちょっと書いてみたい。 十五年前に買ったネットブックというパソコン がある。メーカーはエイサー(台湾?)で、当時結構話題になったが、すでに国内では売っていない。おそらくサポートもしていないだろう。 この商品の特色はCD-ROMもFDDも付いておらず、ソフトの更新やアプリケーションの追加はネット経由になるというところにある。その分軽量化が図られていて、持ち運びには便利であった。 このネットブックを持って、ラスベガスにもマカオにも行った。出張や国内旅行でも使った。当時はたいへん重宝させてもらった思い出のマシンである。 ところが、Windows 10パソコンが使えなくなった場合に代替機として使えるかどうか試してところ、なぜかネットにつながらない。無線どころかLANケーブルにつないでもダメ。USB経由でデータのやり取りはできるが、Officeが入っていないしデータだけやり取りできてもあまり使い道がない。 なにしろOSがXPなので、とっくにサポート終了している。 前に使ったのは四国お遍路の時、もう4、5年前である。その時は、どこでLANケーブルにつないでもさくさく動いた。しかしいまは、設定画面に戻って先に進まない。 ネットブックに限らず、普段使わないものを残しておく理由はいくつかある。何かの時に使うかもしれないこと、廃棄したら2度と手に入らないこと、もう一つは過去のできごととつながるところの記念とか思い出である。 機械ものについては、何かの時に使えるかどうかはたいへん重要であり、「2度と手に入らない」のは使えるという前提付きである。使えないものは、再び入手できないとしても実害は